黙祷

日本航空123便墜落事故から20年。
まずは、犠牲者に黙祷。


僕の生まれ育った街の名は、静岡県焼津市
遠洋漁業の町として、カツオやマグロがおいしいということで日本中に名前をとどろかせていたこの街も、20年前の事故の後「空の銀座」という名前で知名度が上がっていく。
4年前、日航機同士のニアミスがあり、40人のけが人を出したのもこの焼津上空だったから、覚えている人も多いだろう。


20年前の今日、大阪に向かっていた123便が、この街の上空で、突然、山に向かって進路を変えた。
そしてそれから30分足らずのうちに、520人の命とともに、JAL123便は地面に激突した。


母親がその時間、どうやら123便を見たらしい。
「普段とは違った方向にずいぶんと低空飛行で変な飛び方をしてたから、変だなぁ、と思ってたの」とは、彼女の弁。
事故のニュースを知り、彼女は青ざめた。知人が乗っているわけでもない。ただ、その飛行機を見た、というだけで、彼女にこれだけのショックを与えてしまった。


アミス事故にしても、JAL123便の事故にしても、何か間違っていたら、焼津には数え切れないほどの飛行機の破片と無数の遺体が降り注いでいただろう。
僕は、そんな光景は見たくない。愛する故郷が、そのような事故で痛ましい風景に変わるのは、見たくない。破片の巻き添えを食って、愛する家族や親戚の命が失われるのを、見たくはない。


焼津上空が「空の銀座」であることが、絶対にいやだ。これ以上「銀座」が混雑する原因を作る静岡空港も、絶対にいやだ。
でも、僕一人の力ではどうにもならなかった。たくさんの人と組んで、「静岡空港反対」の署名活動にも参加し、積極的に署名を集めたけれど、どうにもならなかった。


焼津が「銀座」でありつづけるのは、これまで以上にこれからも必然なのだろう。
でも、520人の、いや、これまでの航空機事故で失われた全ての人命に誓って、もう絶対に事故を起こすな。