ヒゲ

大学時代、僕はヒゲを剃るのが嫌いだった。
皮膚が弱くて、すぐに剃刀負けしてしまうのも理由のひとつだけれど、まだ学生なんだから、「社会人みたいに身なりをキチっとしておかなければならない」とか言うのが嫌だった。
社会という規則正しさの中に組み込まれてしまうことへの、ほんの些細な抵抗だった。
週1、2回のバイトの日以外は、基本的にヒゲを剃らなかった。


このゴールデンウィーク。4月30日からの9連休だったけれど、僕はこの間、一回もヒゲを剃らなかった。正確には、29日の朝に剃ってから、今日までヒゲを放置した。
無精ヒゲは日に日に濃くなって、一見すると「水曜どうでしょう」の藤村Dみたいになっていた。伸びてきた寝癖だらけの髪の毛と相まって、とてもいい感じになっていた。
僕は、自分ではヒゲが似合うと思っているから、これを機会に、ヒゲを伸ばそうかとも考えた。でも、そこは社会人2年目。まだ、小奇麗にしていないといけない。


風呂に入ったときに、石鹸の泡を顔に擦り付けて、ヒゲをそった。いつもの電気カミソリではなく、T字カミソリで。
ちょっと寂しい気分になった。
明日の朝からは、また日常に戻らなければならないのだから。


数日間の楽しかった引きこもり生活に別れを告げて、僕は明日から、また会社に向かう。