第5章:初めてクロスバイクに乗る

土曜日の朝9時。


嫁はまだ眠っている。
僕は、バッグの中の2万円の入った封筒と、自転車防犯登録の譲渡証明書を改めて確認して家を出た。


約束の引き渡しは11時。引き渡し場所までは40分もあれば着く。2時間も前に家を出たのは、朝食ついでもあるが、ワイヤーロックを買っていく必要があったからだ。
クロスバイクのようなスポーツ自転車には、シティサイクルのように馬蹄錠などの鍵はもともとついていない。あとから鍵を付けることもできるが、すぐに切り刻まれるような鍵よりも、太いワイヤーの鍵を付けたほうが盗まれにくいのだという。そのカギを買うために、10時開店の量販店に寄った。

色々な鍵があるなかで、自転車のボディと同じ、パッションレッドの鍵を買う。およそ1000円。かなりごつい。というか、もともと11kg程度とママチャリの半分くらいの重さしかない自転車に、こんなゴツイ鍵を持ち歩くのは本末転倒ではないのか、そんな気にもなる。でもせっかく買う自転車を盗まれたくない。

レジで包装を解いてもらい、ワイヤーロックをバッグにしまい、僕は受け渡し場所である、とある駅に向かった。
鍵を買った量販店もあるターミナル駅から、わずか1駅、2分。10時40分過ぎに僕は受け渡し場所に付いた。日差しが熱い。近場の100均とコンビニをハシゴして、時間をつぶす。
10時55分。待ち合わせ場所の交番横のベンチを見ると、赤い自転車が停まっていた。あれか!出品者にメールを送る。「間もなく着きます」。


出品者は、僕とほぼ同じ身長の女性だった。メールでやり取りしているから、話は早い。現車確認すると「乗って見られますか?」と。ぜひ。駅前の道路を2往復。クロスバイク特有のサドルの高さ、ハンドルの低さにはまだ慣れないが、変速機の操作はすぐ慣れそうだ。とにかく軽く、挙動がクイック。こんな自転車あるんだ!

すぐOKを伝え、防犯登録の譲渡用紙に記入してもらい、代金を渡して、わずか15分程度の引き渡しは終わった。自分の荷物はリュックに、サービスで付けてくれた空気入れやスタンドはトートバッグに入れて肩掛けにし、僕は自転車にまたがった。


走り出してすぐ思ったのは、ハンドルに伝わる振動の多さ。これはタイヤの細さから来る空気量の少なさ=クッションの少なさ、フレームの堅さ、タイヤの空気圧の高さが原因だろう。しかし、嫌な乗り心地ではない。むしろレーシングカーに乗っているような、心地よい固さだ。そして抵抗の少なさ。ペダル一漕ぎで何十メートルも進みそう。
どこかで読んだ文章を思い出した。「ロードバイクは速く走るための自転車ではない。疲れずに長距離を走れる自転車だ」と。まさにその通り、漕がなくても前に進んでくれる、そんな錯覚すら覚える軽い自転車だ。


途中で自転車屋に寄り、自転車の譲渡証明書を出して防犯登録を更新する。泥除けやカゴ、変速機カバーなどを付けてもらいたかったが、店に部品もなく、また混んでいて余裕もないようで諦めた。しかし、家まで30分足らずのサイクリングで思った。この軽く進む自転車に、果たしてカゴは必要か?泥除けは必要か?
僕は、ボロボロになったママチャリを捨てるつもりでいた。でも、それは違う、と思った。この自転車は楽しい。この自転車をコンビニに買い物のために乗っていくのは違う。分けて考えよう、と。
ママチャリは買い物などの日常使いに、クロスバイクは休日のライディングやポタリングに。通勤はどちらでもいいな。だから、自転車を2台持ちしようと決めた。


家につき、スマホで検索を始める。
クロスバイクでも通勤をするのなら、通勤快速仕様として付けなければならない部品がある。それを買わねば。付けなければ。
沼にハマりつつある自分を自覚しながら、久しぶりに趣味に没頭しかけている自分に気がついた。


(続く)