あるエンジニアが死んだ日

あるエンジニアとは僕のこと。


9/15。
G会議終了後に、部長と課長に呼ばれる。
呼ばれた瞬間に、いやな予感がした。


話の内容は、

  • ウチの部門は赤字がヤバイ。
  • 人件費を削らなければならない。
  • 今fukaがやっている太陽電池のテーマは金になるか分からない。
  • ちょうど、支社工場の別部門(同じメカトロ系)で一般化学系の開発要員としてfukaを欲しがっている。
  • したがって、fukaは異動としたい。


やっぱりか、悪い予感は当たった。
支社工場への異動そのものは、そんなに嫌なことではない。
ただ、「今後の基幹事業」と位置づけた太陽電池の技術者をいとも簡単に放出すること、また、ほかの部門で欲しがっている云々のまえに「とにかく人減らし」があり、その人減らしの対象に自分が選ばれたことがショックだった。


もともと化学系の僕がメカトロ系に新卒配属になり、メカトロの基礎を一切知らずに、まずは新規事業開拓の、半分営業みたいなスタッフ系部門に4年間。現場の開発チームに異動になり、最初の一年は理論系。実際に図面を引いたり、モノづくりに携わって来たのは、たったこの半年。
直属の上司は課長だが、課長は事務系。テーマのリーダーは部長だが、部長は忙しく、実際にモノづくりを教わった経験は少ない。
図面の書き方も、発注も部品選定も、全ては上司ではなく、設計チームの先輩にアタマを下げて教えてもらった。
先輩には「上司は教えてくれないの?」と聞かれたが、教えてくれれば先輩のところにはきませんよ、と言ったら苦笑していた。


そんな中で、正直、メカトロ系のエンジニアとしてやっていけるかどうか、という不安がどんどん大きくなっていった。
新卒配属の時点でも不安だったものが、どんどん不安要素だけ増えていく。教えてもらうことは少ない。


しかも、実験機を作るにあたって、先輩に教えてもらっても付け焼刃の僕には、装置の図面なんてとても書けない。
アタマをまた下げて、何回も打合せを重ねて、書いてもらった図面は部長の一言で却下される。
それを修正してもらい、また上司に見せて、また却下され…どんなに上司を説得しようとしても、聞いてくれない。
そんなことを繰り返すうちに、その理不尽さに先輩が切れ、図面完成は2ヶ月以上遅れた。
上司には「fukaは仕事が遅い」と言われたことがある。だが、遅れさせたのはいったい誰なのか。
僕の段取りが悪い、と言われたらそれは認めざるを得ない。
だが、理不尽で不必要な図面修正を繰り替えさせたのは誰なのか。
僕が「必要」といい、部長が「不要」といい、後から結局必要になって、僕が設計して図面を書いて発注した機構がいくつあるのか。
もう一度。
仕事が遅くなったのは、本当に僕だけの責任なのか?


そして、最終的に、人減らしと言われ、事実上の戦力外通告
いや、本当に支社工場からは欲しがられているのかもしれない。それでも「人減らし」の話から聞いた以上、それが、僕が今の部署から追い出される最大の理由だと分かる以上、そんな言葉を聞いても一切信じられない。


次の日、その次の日と、2日間会社を休んだ。
悩んだ。寝た。
会社に行き、部長にメールを書いた。
メカトロ系の技術者としてやっていく自信がもはやないこと。
もともと自分は一般化学系ではなく、電気化学、むしろ電池を専門にしてきたので、今の職以上に向いている職はないこと。
支社工場で一般化学系開発に携わっても、結局、その開発が終わったときにはメカトロ系の開発業務になる。その際に結局、今と同じ悩みを抱えることになること。今の悩みの先送りにしかならないこと。
それであればいっそのこと、エンジニア人生にとっとと見切りをつけて、スタッフ部門へ異動したいこと。


事業部長に呼ばれ、30分間の会談をした。
「自信がなくてもなんとかなるよ」
「君は悩みすぎなんだよ」
「君は頭が良すぎるからそうやって先のことまで悩んでしまうんだよ」
「スタッフに行くなんてもったいないよ」
「向こうに行ってもずっと薬品を練ってるわけじゃない。その合間に実験用の機械作ったりするんだから、勉強は出来るんだよ」
「やっぱりエンジニアは現場をもっと経験しておかないといけない。今回は君にとってチャンスなんだよ」


「もったいない」のなら、なぜ今の部署でそのまま飼おうとしてくれないの?
「向こうでも勉強はできる」のなら、なぜ今の部署で勉強できないの?
「現場を経験する」のは、今の部署、今の仕事ではできないの?
そもそも、うちの会社の次世代を担う製品、と担ぎ上げている太陽電池分野から、どんどん技術者を抜いていって、どうやって開発を進めていくの?
新製品の開発が急務だ、といっているのに、どうして開発部門から人を減らすの?


結局、僕の悩みを解決してくれる発言は一つもなかった。
僕を育てるために外に出すのではなく、とにかく人が減ればそれでいい。そんな事業部長の考え方が透けて見えた。


自分のやりたいことは何か。
とにかく自信を持って仕事をしたい。
そのためには、今の太陽電池の仕事を続けるほかにない。
それがダメなら、スタッフ部門への異動。
それもダメなら、支社工場への異動。
そういう希望を出した。
太陽電池の知識は、自分がメカトロエンジニアとしてやっていくための唯一の武器であって、太陽電池の仕事は、今の自分が一番自信をもって取り組んでいける仕事。
その仕事で戦力外通告を受けた以上、他の仕事でメカトロエンジニアを続けろと言われても、もはや自信は持てない。
そういうメールを事業部長に出した。


事業部長に呼ばれ、「支社工場への異動の話はなしにした。本当にスタッフに異動でいいね?」と聞かれた。
「どうしても道がないなら、支社工場への異動でも最終的には受けます」と言ったが、「確かに第3希望じゃねぇ。もったいないんだけどなぁ」と行って、短い会談は終わった。


どんなに僕の能力を誉められても、最終目的がリストラである以上、たとえなにを言われてももはや信じられない。


自信を持っている仕事から戦力外通告をされるくらいなら、エンジニアから足を洗おう。
僕を育てるビジョンもなく、同じ悩みを繰り返すくらいなら、エンジニアから足を洗おう。


そして、事業部長の質問に頷いた今、僕はエンジニアから引退した。


いまはただ。
自らの信念に基づいて、エンジニア職から離れることになった、ということだけ。